Darkness of Monsters

  1. 第零話 空落ちる日に

第零話 空落ちる日に

泉空(いずみ そら)は不機嫌の極みに達していた。朝の六時に起床して、すすきヶ原の外れにある沼へ釣りに出かけたのだが、三時間も粘った挙句一匹も釣れなかったのだ。

「チクショウ、今日は運が悪りぃなぁ。夏休みに入ってからこんな事一度も無かったのに…」

悪態をつきつつ、竿を振り上げる。と、釣り糸が枝に引っかかった。

「うわっ、マジかよ……早くとらねえと…」

あわてて木の枝に引っかかった糸を取ろうとするが、どうやら妙なところで絡まっているらしく、背伸びをしていくら頑張っても取れないのだ。

「これを……こうして……どうだッ!!」

何とかして木の枝に絡まった糸を取った……が。

「うッ、うわッ!!」

絡まった糸が解けた瞬間バランスを崩し、沼に転落してしまったのである。

「…ん?」

ピリリとした刺激を頭に感じ、私は不意に窓の外を見た。

「どうかしましたか?」

「あ、なんでもないよ〜。そこのチョコいただきね」

彼女にも不安な表情が見えてしまったのか、私はチョコに手を伸ばし、口に放り込む。

だが、不安はまだ胸の内から消えない。必ず何かが起こる。それも近い内に…

「う〜、くっせ〜……おまけに痛てぇ…」

なんとか沼から這い上がった空だったが、沼の底に溜まっていたヘドロとゴミの混ざったものでその体は耐え難い悪臭を発していた。

さらに、落ちた地点になにやら硬い物体があり、空が落ちたときにぐらりと崩れて、それで腰をしたたかに強打したのだ。

無論、釣りなどしてる場合ではなく、そのまま家へと帰ることにした。

偶然と奇跡は紙一重とはよく言うが、夏休みの真っ最中だと言うのに誰とも会うことが無く、無事家までたどり着き、泥だらけとなった服を脱ぎ捨て風呂に入ったが、それでもまだ臭いはかすかにその体に染み付いていた。

「はぁ〜、やんなっちまうよなぁ……宿題も全然終わってねぇし…」

何処からかかすかに電話の鳴る音がするが、今の空は気にもしていない。

ただ、眠りたかった。最近夜更かしをし過ぎていた上に、朝は六時から釣りに出かけていたのだから当然であろう。

「…ら、そ…」

何の音だろう?空はぼんやりとしたまどろみの中で確かにその音を聞いたのだ。

「…そら、…そら」

自分の名前だろうか?だんだん近づいてくるような…

「空!! 出木杉くんから電話よ!!」

「えッ、ヒデからか?」

空はがばりとベッドから飛び起き、一階にある電話へと向かう。

「まったく、やっと釣りから帰ったと思ったら服が泥だらけじゃない…ってちょっと、何なのよその格好は!!」

怒鳴る姉を尻目に、空は受話器を耳に当てる。

「よぉ、空だ。ヒデか?」

「ああ、おはよう泉くん。早速だが夏休みの宿題を皆で一緒にやろうと思ってね。後は君だけなんだけど…」

「…!! マジか? お前と一緒ならあっという間に終わっちまうよ。本当に助かるぜ。俺とお前と後誰が来るんだ?」

「えっと…、野比くん、静香くん、剛田くんと骨川くん。それと柊くんと高良さんだね。一応来る人はこのくらいだけど…」

「おう、人数はわかった。で、場所はどこでやるんだ?」

「うん、骨川君の家でやろうと思うんだ。君は後で静香くんが迎えに来るらしいけど…」

「わかった。じゃ、やってない宿題そろえて待ってるわ」

空は受話器を置き、即差に二階へと上がろうとした。

「あ、ちょっと待って、あの泥だらけで臭いズボンから出てきたんだけど、これってアンタの?」

途中姉に呼び止められ、その手につまみ上げられているものを見る。黒曜石のような物で出来た勾玉だった。

「知らねえ。でもご利益がありそうだからいただいておくか」

姉から勾玉を受け取り、再び二階へと上がった。

「アンタまさか人のものを勝手に盗ったんじゃないでしょうね?」

「ちがうよ、さっきドジ踏んで沼に落ちて、多分その時ポケットに入ったんだよ」

姉の声を後に、早速筆記用具や宿題をまとめ終わると、まるでそのときを待っていたようにチャイムがなった。

「ごめんくださーい、空さんはいらっしゃいませんか?」

と、即差にどたどたという足音が二階から慌しく響き渡り、階段から飛び降りるようにして空が降りて来た。

「俺、参上!!」

「……いやぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

数秒の間が空き、静香が両目を覆って叫んだ。

「え、何が…」

「近寄らないでッ!!」

「おいおい、近寄るなってどういう…」

下のほうに目をやる。

「うわッ!? フ、フルチン!! 素っ裸だって事すっかり忘れてた!!」

「何でもいいから早く服着て〜ッ!!」

かくして、全裸の空と目を覆い泣き出しそうな静香、さらに騒ぎを聞きつけた空の姉が加わり、出木杉主催の勉強会はこの騒ぎで開始が三十分遅れたのであった。

空は青く、今にも落ちてきそうであった。そしてまさに、今日この時、泉空の運命も、また変わったのである。