2005年8月 東京都練馬区月見台
学校の裏山──近所の住民がそう呼ぶ山に、妙なものが置いてある。
いや、『置いてある』のではない。『停めてある』のだ。ドアや窓があり、そこから操縦桿らしきものも見えることから、これは乗り物であると考えられる。
それにしても変わった乗り物である。タイヤがなければ、プロペラや翼もない。どうやって移動するのだろうか。
そしてその『乗り物』のそばには、薄い水色の服を着た男が2人いた。
1人は眼鏡をかけていて、背が高い。190cm位あるだろう。
もう1人は太めで、背が低い。150cmといったところだろうか。
「で、どうだ? 奴らは見つかったか?」
背の高い方が言った。
「いや、ギリギリのところで逃げられたようだ。あと少しだったんだがな。感づかれたようだ」
背の低い方が答えた。
「感づかれた!? まさか……、細心の注意をはらったはずだが」
どうも誰かを追っているらしい。
「……逃げられたなら何時までも此処に居たって仕方がない。何の手がかりも無いようだし、1度本部に戻った方がいい」
背の高い方はそう言った。
そして2人はあの『乗り物』に乗った。
背の高い方が操縦桿の脇の黒い部分に手をかざした。するとマシンのエンジンがかかった。指紋か何かで認識するのだろう。エンジンをかけたときの音は殆どしなかった。
そして地を離れて浮かび、変わった音がしたと同時に消えた。
あの乗り物は『タイム・マシン』。時を越える乗り物である。彼らは未来から来ていたのだ。
時刻は午後12時をまわった。すでに真っ昼間であるが、まだ寝ている少年が1人。野比のび太である。
そして下から彼の母親の怒鳴り声が聞こえる。
「のび太、さっさと起きなさい。何時だと思ってるの! 早く降りてきてご飯を食べなさい」
母親の名は玉子。野比家で1番の権力を持つ。
そしてその声のする方をちらりと見ながら、のび太を起こすネコ型ロボットがいる。彼の名はドラえもん。のび太のどん底の運命を変えるために22世紀からやってきた。青くずんぐりした体型で、よく狸と間違えられる。かつてはネコの耳があったのだが、ネズミロボットにかじられてしまったため、今は無い。
「のび太くん、いい加減に起きなよ。ママが怒ってるよ」
のび太はようやく目覚めた。実に間の抜けた顔である。
「おはよう、ドラえもん。今何時?」
「もう12時10分なんだけど。君が何時までも寝てるから、ママが怒ってるよ。早くご飯食べにいったほうがいいよ」
いつもの光景である。普段と何ら変わりない日常。
「宿題やりなさいよ」
としつこく言われる。
のび太は机に向かうがすぐ眠ってしまう。
いつものことだ。
そのまま2時間が過ぎた頃外から声が聞こえる。
「のび太、プール行こうぜ」
ジャイアンがのび太を誘う。
もちろんのび太はそれを断った。泳げないからだ。ジャイアンはそのことを知っているが、わざと誘うのだ。本当はプールに行く気など無いのだが。
「のびちゃん、ドラちゃん、おやつよ」
今日のおやつはアイスだ。暑いので丁度良い。
「ただいま」
アイスを食べていると、父親ののび助が帰ってきた。今日は朝からゴルフに行っていたのだ。
「お帰りなさい」
その日も極々普通の1日だった。
しかし、そんな日々は永く続かなかった。
「チェックメイト」
のび太とドラえもんはチェスをしていた。3回連続でドラえもんが勝った。
のび太が悔しそうにもう一回と頼んだとき、机の引き出しが開き、そこから男が出てきた。
薄い水色の服を着ている。彼は胸ポケットからカードを取り出すと、こう言った。
「22世紀タイム・パトロールです」
タイム・パトロール……それはタイム・マシンを悪用した犯罪を取り締まるための組織である。
そしてこの男はその隊員らしい。
「どうしたんですか」
ドラえもんが聞いた。
その問いに隊員はこう答えた。
「先日事件がありまして、その参考人として、22世紀のタイム・パトロール本部に来てくれないでしょうか」
参考人……ドラえもんはいったいどんな事件のことなのか全く覚えが無かったが、これに同意した。
「じゃあ、のび太くん、ちょっと行って来るからね」
そうドラえもんが言うと、隊員は慌ててこう付け加えた。
「野比のび太さんもですよ」
こうして、のび太とドラえもんはタイムパトロールシップに乗って22世紀へと向かった。
その途中、1台のタイム・マシンとすれ違った。メタリックなボディで、ドラえもんが使用しているマシンとは大違いだ。特に何も問題はなく、22世紀についた。
2129年7月 22世紀タイム・パトロール本部
そこは流石に本部だけあってとても広い。建物も大きく、21世紀人ののび太から見れば実に不思議な形をしている。海岸線は直線で、坂も無く、タイム・パトロール以外の建物が無いことから、どうも人工島にあるようだ。
「これから21階にある参考人室に行きます。申し遅れましたが、私の名は『福庭 俊弥(ふくば としや)』です」
福庭はそう言うと、本部ビルに向かって歩き出した。ドラえもんとのび太もそれについていった。
ビルの壁にあるくぼみの前についた。福庭はそのくぼみの横にある黒く四角い、何も記入されていない表札のような物に手をかざした。
すると、くぼみの中央に穴があき、それがどんどん大きくなった。3秒後には、直径4メートルほどの穴になった。これが入り口のようだ。
3人は中に入った。すると1人の女性が近づいてきた。
「こちらはタイム・パトロール本部です。外来の方は、こちらのバッジをお付け下さい」
バッジは丸く、その中央にはタイム・パトロールのマークが描かれている。
2人はそのバッジをつけた。
2人は福庭についていき、エレベータに乗った。そして、21階の参考人室についた。
そして、その部屋のドアを開けた。すると……。
そこにはジャイアン、スネ夫、静香の3人がいた。
「のび太、ドラえもん!」
「ジャイアン、スネ夫、しずちゃん!」
お互いに驚いているようだ。
「お前等もか」
ジャイアンが言った。
「さて、これで全員だな」
部屋にいた男はそう言った。この男は他の隊員とは少し違う制服を着ている。髪型はオールバックで、口髭を生やし、がっちりとした体格だ。身長は180cm程度、どことなく政治家的雰囲気が漂っている。この人を見たとき、のび太は何処かで会ったことがあると思った。
「さて、私はタイム・パトロール第281番隊隊長『飯原 康司(いいはら やすじ)』です。今回は君達も知っての通り、先日に起こった事件についてです」
『君達も知っての通り』……飯原は確かにそう言ったが、ドラえもん達5人は先日に起こった事件など全く知らない。
「2005年7月、東京都練馬区月見台で、近所の住民が『学校の裏山』と呼んでいる山の地下に、基地を造ろうとしていた集団がいた。彼らは22世紀で活動している国際組織で、FBIやインターポールが追っている組織だ。この組織が君達の住む21世紀で、一体何を行っていたのか、我々が知りたいのはそれだ。残念ながら、時空監視妨害行為によってそのことを直接確認することが出来ない。そのため、目撃者である君達に来てもらったというわけだ」
『目撃者』……しかし、そのような記憶は無い。
「あのぅ」
ドラえもんが言った。
「どうしたのかね?」
飯原が聞いた。
「あのぅ、人違いではありませんか? 僕達、全く記憶に無いのですが……」
ドラえもんの発言に、飯原はかなり驚いたようだ。
「なんだと!? 記憶に無いと? そんな、まさか……」
「何ということだ。目撃者の記憶が無いとは! そんな……」
そう呟くと、飯原は胸ポケットからペンのような物を取り出した。
【もしもし、こちらタイム・パトロール本部・総監室です】
ペンから男の声が聞こえてきた。どうやら電話のようだ。よく見れば画像が宙に映し出されている。
「もしもし、こちらタイム・パトロール第281番隊隊長『飯原 康司』。今すぐ総監に話さなくてはならないことがあります」
飯原が言った。
【わかりました。では、ブラウンに繋ぎます。少々お待ち下さい】
数秒後、電話から女の声が聞こえた。
【もしもし、こちらタイム・パトロール総監の『マリア・ジョアン・ブラウン』。急ぎの話とは何ですか?】
名前からして日本人ではないのは間違いないが、電話から聞こえてくるのは日本語だ。これは自動翻訳装置がはたらいているためである。そして、飯原は話した。
「例の国際組織が21世紀の東京で謎の活動をしていた件で、目撃者5人を連れてきたのですが、その目撃した記憶が全く無いのです。目撃者であることは間違いないのですが……」
そのことに総監は驚き、こう言った。
【組織が目撃者の記憶を抹消したのは間違いない。無理かとは思うが、とりあえず彼らの目撃した記憶を復元できるかどうか試してくれ】
飯原は電話を胸ポケットに戻した。そして、のび太達5人を33階のとある部屋へと連れていった。
5人は検査を受けた。そして、10分程度経過し、結果が出たようだ。
「やはり無理か」
飯原がそう漏らした。
「えぇ、君達の目撃記憶が復元不能ということが判明した。よって、これから君達を元の時代に帰す」
こうして、ドラえもん達は21世紀へと戻った。
「のび太、ドラえもん、じゃあな!」
ジャイアンが言った。
ここはのび太の部屋、ジャイアン、スネ夫、静香はそれぞれ自分の家へと帰っていった。